ことばの惑星通信 

人間ってなに?ことばってなに?生きるってなに?日々考えることを綴ります。

ウィグルジェノサイド 東トルキスタンの真実

ずいぶん前に読んだのになかなか感想を書けなかった本。

 

ウィグル人への弾圧が行われていることを知ったのはまだ半年ほど前のこと。

新疆ウィグル自治区

新疆とはなにか、自治区とはどういうことか。

ずいぶん前から不思議に思っていたけれど特に調べることもしていなかった。

ジェノサイドということばもそうだ。

テレビやネットで盛んに見るように聞くようになってからも、

私の想像は映画の中などで描かれる暴力的なイメージのみ。

そんな程度の興味しかなく(興味ともいえない)、

まったく他人事でのほほんと生きていたその時間、

私たちの隣の国では悲惨で悍ましく、悲しいできごとが繰り返されている

今もまだ。

 

この本の著者はムカイダイスさんという在日ウィグル女性。

日本の歴史や文学に興味を持ち、

今は万葉集百人一首のウィグル語訳に取り組んでいる。

 

詩、そして歌。

日本の和歌は美しいという。

 

この著書の中でムカイダイスさんは語る。

幼いころのこと。

ムカイダイスさんが暮らしたウルムチには、

14の少数民族のことばも宗教も考え方も違う人々が織りなす

不思議で魅惑的な暮らしがあったという。

特に仲の良かった親友は、モンゴル人と漢人だった。

モンゴル語と中国語とそしてウィグル語で交わされる会話。

幼い3人の話す言語は違う。

だけどことばに困ることはまったくなく、

「私たちは互いのことばを理解していた」と振り返る。

 

父がモンゴル人の友人とモンゴル語で飲みながら会話していたのも全部わかったと。

 

この幼いころのウルムチでの暮らし。

この章は冒頭にあるのだけれど、なんと美しい光景なのかと私は心引き寄せられた。

何度も読み返すほど美しい光景、美しい心情風景、美しい文章。

解説を書いた三浦小太郎氏もそのウルムチでの暮らしを「ユートピア」と表現している。

 

それが徐々に壊されていく。

幼いころ親しかったあの漢人の子は今はどうしているのか。

弾圧をする側で生きているのか。

強制収容所のこと、恐るべきことが起こっていること、

そしてそこを運よく逃れたウィグルの人たちが世界に向けて命がけで発信していること。

 

心を打ったのは、

「弾圧をするほうではなくされるほうが悪い」とムカイダイスさんや、

他のウィグルの人たちが自分たちのことを戒めていることだ。

なぜこんなことになる前に気づけなかったのか、

どうしてこんなことになるまでなにもできなかったのか。

 

泣いていてもしかたがない、恐れてばかりいてもなにも解決しない。

自分はできることをするために生き延びた。

気高いウィグルの人たちの魂に触れて心揺さぶられる。

著書の最後の章ではウィグル文学と詩人たちを紹介している。

日本語訳になってもその風景にウィグルの山々、織りなす緑、空気、

そして人々の悲しみ、生きる喜びを感じる。

 

知った者はしなければならないことがあるでしょう。

見て見ぬふりはできない。